谷川嘉浩著
ー私たちはゾンビ映画ですぐ死ぬやつみたいな生き方をしているー
本書にあるこの魅力的な見出しに引き込まれたが最後、面白くて一気に読み進めてしまった。
ゾンビ映画で真っ先にやられるのは、周囲を見ず、考えず、目の前の刺激に反応するだけの登場人物だ。
見ている側が「あ、こいつ死ぬな」と感じる、あのタイプである。
『スマホ時代の哲学』は、スマホ社会に生きる私たちの姿が、まさにこの登場人物と重なっているのではないか、という視点を提示している。
このゾンビ映画の比喩は、単なる印象的な言い回しではない。
本書では、スマホ時代に生きる私たちの状態を説明するために、「一人であること」を三つの異なる様式に分けて整理している。
それが、「孤立」「孤独」、そして「寂しさ」だ。
私たちは普段、これらをひとまとめにして「一人でいる状態」だと捉えがちだが、本書はそれぞれがまったく異なる性質を持つことを丁寧に示していく。
この区別を理解すると、なぜスマホ社会では思考が浅くなり、落ち着かず、満たされない感覚だけが残り続けるのかが見えてくる。
本書で語られる「孤立」は、一般的に使われるネガティブな意味とは少し違う。
ここで言う孤立とは、誰とも関わらない状態のことではなく、注意を分散させず、一つのことに集中できている状態を指している。
通知に邪魔されず、評価を気にせず、ただ目の前の作業や思考に没頭できる時間。
それは一見すると地味で、退屈で、孤独な時間にも思えるが、人が深く考えるためには欠かせない状態でもある。
しかしスマホ時代の私たちは、この「孤立」を意識的につくることが、驚くほど難しくなっている。
自分自身、スマホを机から遠ざけただけで、落ち着かなくなる瞬間がある。
本書における「孤独」とは、自分自身と対話する力のことである。
それは、自身の内面にある「モヤモヤ」や「消化しきれなさ」と向き合う、どちらかといえば居心地の悪い時間だ。
何かに没頭していれば忘れられる不安や違和感が、静かな時間になると顔を出す。考えたくないことを、考えずにはいられなくなる。
孤独とは、そうした感情から逃げられない状態でもある。
スマホは、その時間と状態を簡単に覆い隠してくれる。
孤独に耐える必要がなくなる一方で、自分自身と向き合う機会も、静かに失われていく。
本書で語られる「寂しさ」は、単に一人でいることを指す言葉ではない。
むしろ、周囲に人がいるにもかかわらず、自分はたった一人だと感じてしまい、その感覚を抱えきれずに他者を依存的に求めてしまう状態のことを指している。
孤独や孤立が「自分と向き合う力」「集中する力」であるのに対し、寂しさはそのどちらも失われた結果として生じる。
自分の内側に立ち戻ることができず、かといって他者との関係の中で満たされるわけでもない。
その宙ぶらりんな不安が、「つながりたい」「退屈を埋めたい」という衝動として現れる。
スマホは、この寂しさに対して極めて優秀な応答装置だ。
通知、タイムライン、短い動画。どれも一瞬で注意を引き、寂しさを感じる暇を与えない。
だがそれは、寂しさを解消しているのではなく、感じないようにしているだけなのだと本書は指摘する。
その結果、スマホ社会では奇妙な逆転が起きる。
集中するための孤立は腐食し、自分と対話するための孤独は奪われる。
一方で、埋められない寂しさだけが加速し続ける。
だからこそ私たちは、常につながっているはずなのに、どこか空虚なのだ。
正直に言えば、僕には友達がほとんどいない。
予定で埋まる休日も少ないし、誰かと頻繁に連絡を取り合う生活でもない。
これまでは、それをどこか欠けた状態のように感じていた。
けれど本書を読んで、その見方が少し変わった。
誰にも邪魔されず、スマホを置き、自分の中に湧いてくる違和感や不安をじっくり考える時間を持てていたことは、もしかすると簡単には手に入らないものだったのではないか、と。
孤独とは、自分自身と対話する力だと本書は語る。
その時間は決して心地よいものではない。
考えなくていいなら考えたくないことばかりが浮かび、結論も簡単には出ない。
それでも、その「うまく言葉にならない時間」を通らなければ、自分が何に不安を感じ、何を大切にしたいのかは見えてこない。
スマホが常に手元にある今、こうした時間は簡単に回避できてしまう。
退屈や寂しさを感じる前に、刺激が差し込まれる。
その便利さの裏で、考える力そのものが少しずつ削られているのだとしたら、それはとても静かで、深刻な問題だと思う。
友達が少ないことも、孤独な時間が多いことも、必ずしも肯定されるものではない。
ただ本書を読んで思ったのは、「一人で考える時間を持てていた」という事実そのものは、もっと大切にしていいのではないか、ということだった。
ゾンビ映画で真っ先に命を落とす登場人物は、決まって周囲を見ず、考えず、目の前の刺激にだけ反応している。
本書が示すのは、スマホ時代を生きる私たちもまた、気づかないうちにその姿に近づいているのではないか、という問いだ。
不安や寂しさを感じる前に刺激へと手を伸ばし、自分と向き合う時間を持たない。
それは楽で、効率的で、社会に適応しているようにも見える。
けれど、その生き方の先にあるのは、自分が何を考え、何を望んでいるのかわからなくなった状態なのかもしれない。
もちろん、スマホを手放す必要はない。
ただ、ときどき立ち止まり、孤独と向き合う時間を持てるかどうか。
本書は、その小さな選択が、ゾンビのように生きるか、人間として生きるかの分かれ道になるのだと静かに伝えている。
ここで書いたのは、本書のごく一部を切り取った感想に過ぎない。
それでも全体を通して感じたのは、自分の中にあった違和感や不安を、驚くほど的確に言語化してくれる一冊だったということだ。
おそらくこれは、今を生きる多くの人にとって、決して他人事ではない内容なのだと思う。



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