V・E・フランクル著
――未来を思い描けなくなったとき、人は壊れていく
『夜と霧』は、読んでいて何度もページを閉じたくなる本だった。
収容所という極限の環境で、人間が人間を家畜のように扱う。その事実の重さは、現代に生きる自分にとって、想像以上に恐ろしい。
本書を読みながら、「人間とは何か」「善悪とは何か」といった大きな問いが頭をよぎるが、正直に言えば、読み終えた今もそれらをうまくまとめることはできていない。ただ、強く心に残っている一節がある。
「自分の未来を信じることができなくなった者は破綻した」
フランクルは、収容所の中で、未来を思い描けなくなった人が、次第に横たわったまま動かなくなり、点呼にも出ず、恐れることすらやめていく様子を描いている。それは死そのものよりも先に訪れる、「人間としての破綻」だった。
この描写を読みながら、極限状態で人を支えていたのは、体力や気合ではなく、「この先に意味がある」と信じられるかどうかだったのだと気づかされる。未来に意味を置けなくなった瞬間、人は生き延びる理由そのものを失ってしまう。
働く日常の中で、自分は人との関わりに疲れたり、考えすぎて嫌になることがある。相手の人となりを理解しようとする姿勢が、時にはストレスになることもある。それでも『夜と霧』を読んで、そうして悩み、考え続けられること自体が、どれほど恵まれた状態なのかを思い知らされた。
千思万考できるということは、未来を思い描けるということだ。
そしてそれは、人間として扱われている証でもある。
『夜と霧』は、希望を安易に語る本ではない。人間の残酷さを徹底的に描きながら、それでもなお、人が人であり続けるために何が必要なのかを、言葉ではなく事実で突きつけてくる。
今はこの本を「理解した」とは言えない。ただ、その重さを受け取ったままでいたいと思う。
この書評もまた、読み終わりではなく、考え続けるための途中経過なのだと思っている。


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